スピッツ 「冷たい頬」について
男性はメロディで
女性は歌詞で音楽に共感するという
自分は
洋楽はメロディで
邦楽は歌詞で、だ
だって英語何言ってるかわかんないし
今回の議題
スピッツ 「冷たい頬」
1998年発表のスピッツの楽曲
数ある歌詞考察サイトには
「思いを寄せるけど振り向いてくれない女性」
を歌ったものだと考察されている
しかし
自分は全く違う意見をここに提出する
「ストーカーの末、
思いを寄せる女性を殺してしまった男性」
という妄想を歌った楽曲だと思う
そう考察するにはいくつかの理由がある
まずタイトルの冷たい頬=死人
ストーカーをしている描写はBメロの
「あきらめかけた楽しい架空の日々に」の部分
その次に続く
「一度きりなら届きそうな気がしてた」
そう
ここの一度きりで殺してしまったと思われる
その次の
「誰も知らないとこへ流れるままに」
誰も知らないとこ=死後の世界
「流れるままにじゃれていた猫のように
ふざけ過ぎて」殺してしまったのだろう
小さな午後に
そして最も殺人が濃厚になってくる部分
2回目のサビ
「夢の粒もすぐに弾くような」
死んでしまったら夢は見れない
夢は生きている人間だけが見るもの
夢の粒も死人には弾かれる
今まであやふやだった殺人のストーリーが
ここで確定している様に思われる
そして印象的なサビ
「壊れながら君を追いかけていく」
憧れていても絶対に手の届かない女性
恋心に焼かれ、壊れていく自分
何より怖いのは
自分自身が壊れていくのがわかっている
壊れていってもなお
あなたを追いかけていくのをやめられない
そしてその後に一線を超えてしまっている
サビが終わった最後のメロ部分
「さよなら僕の かわいいシロツメクサと」
ここで殺した相手にお別れを告げる
「手帳の隅で 眠り続けるストーリー」
手帳の隅というところがポイントで
自分でもわかっているはず
手帳の中央に書けない本当の予定ではない予定
手の届かない相手との妄想のストーリー
つまり二重の妄想が重なっているんだけど
まず主人公が手の届かない相手との
恋愛関係にまでいたる本人の妄想を
ソングライターの草野マサムネさんが妄想する
という二重の妄想
そんな妄想のストーリーを
過ぎていく時間を
流れていってしまうシャワーに重ねて
時のシャワーの中でと表現してるんだろう
冷たい頬は
チェリーやロビンソン、空も飛べるはず
それらに比べると少しマイナーかも知れない
優しいメロディと
草野さんの甘い歌声で欺かれるが
歌詞の意味を自分なりの考察に当てはめると
とても怖くなってもう一度聞いてみた
歌詞をどう捉えて考えるかは人それぞれだけど
スピッツはかなり深読みすると
表面にある温かい温度その核となる部分に
絶対零度的な狂人の冷たさが
時々顔を覗かせることがある
まるで人間が取り繕っている建前に対して
自分でも気づかない奥にある動物の凶暴性
それを一見気づかない様な楽曲にしてる
そこが何よりも恐ろしい、素晴らしい
誰もが持ちうる凶暴性
人間は生まれながらにして「悪」だという
「性悪説」
自分はこっち寄りの考え方なんだけど
草野さんは多くの人のそこを揺り動かしてる
だからこそ30年以上支持されてるのだと思う
まあ歌詞の考え方なんてのは人それぞれだが
映画、文学、美術、そして生活
何より大事なのは自分なりの考えを持つ事
日本の教育は白か黒かだから
間違ってる事に対して人は恐れる
そうじゃなくて
正しいかそうじゃないかなんてのは
人それぞれであって正解は自分の中にしかない
周りに流されず自分の意見があるって事は
とっても素晴らしい事なんだ
まあ
だからこそ暴力だとか戦争が無くならないけど
生き物が生き物である以上
避けては通れない道だと思う
自分の好きな音楽の
「歌詞」の部分にフォーカスを当ててみると
いつもと違った景色が見えるんじゃないかな
バイバイ
I LOVE YOU BABY!
