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THE 無くなることと壊れたまま存在し続けること

小原 一哲

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持ち主を失った木造平家が無くなったという
それは太陽の光が空気を熱くかき乱していた日
チェスター地区みたいな晴れるわけでも雨が降るわけでもなんでもないそんな日

タイルと茶碗の街にそこはある
どんつきに山の麓がある工場に囲まれた循環の悪い地区
まるで工業地帯の河川の隅っこに溜まる白いあぶくの様に
いつまでも淀みが終わらないそんな地区だ

「いつかここもゴーストタウンになって地図からその名を消すだろう」
そんな言葉が頭からこびりついて離れない

時速40㎞で1時間の半分
自分の目で見た瞬間にその世界は構築される
ノストラダムスの予言が外れて少し経った頃にそこにいた記憶がまるでさっきのことの様に鮮明に像を結ぶ

「自分の心の断片が無くなる感覚はどう?」
黒いモヤを纏った身長170cmが囁く

今ではセピア色に色褪せた楽園は確かにそこに存在した

近くにあるのはダムと緑道と打ち捨てられた軽トラ
そこだけ50年くらい時が止まったかの様な風景

結局たどり着いたのは茶色の湖だった
土と砂利とタイルと木片が散らばる土の湖
まるでパティの上にばら撒かれたオニオンとケチャップの様に
老を感じる色彩が横たわる

「無くなることと壊れたまま存在し続けるのはどっちが辛い?」
マイルドセブン8ミリの紫煙を燻らす様に足元にいた茶色のカマキリが僕に話しかける
僕はその問いには応えず黙ったままカマキリの頭を撫でた
逃げるわけでも威嚇するわけでもないそいつはかつて額を撫でていた祖父の皮膚の感触を思い起こさせた
「明日がちょうど命日か」

白濁した二つの複眼は愛おしそうに僕を見上げる
「インスタントコーヒーにミルクとココアを入れたやつとマイルドセブン8ミリをそれぞれ持って会いに行くよ」

斜め向かいには真緑の草に沈んだ誰もいない死んだ家がある
赤いレンガの屋根しか見えないくらい緑に侵食されている
もう20年はそんな感じだ

壊れたまま存在し続けるそこと無くなってしまったここ
対照的なものに挟まれ世界の真理が凝縮されたその境界線に僕は立つ
そんな物は結局端っこ同士じゃなくて円で繋がっている

自分の知らない人の手に渡り駐車場になるらしい
想像してたより狭く感じたその場所はかつてあった楽園の姿を思い出させてはくれなかった

あんなにも近くにあった物がもうすぐ遠くにいってしまう
不思議と嫌な気分じゃない
もうここに来ることはそんなにないかもしれない

話しかけてきた茶色いカマキリは振り返りもせずただじっと前を見ていた
その後ろ姿を僕は見えなくなるまで見ていた

「自分の中に墓を建てよう
まだ建ててあげられていないから」

そんな決意を音にすることもなく僕はカマキリの後ろ姿にそう応えた

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